AI時代のデザイナーの仕事はユニークで愛される新しい物事を生み出すこと

ここ数年、デザイン界隈でよく言われていたのが「デザインは問題解決の手段である」という言葉でした。
要するに「デザインとは単なるデコレーション(装飾)ではない」という意味で使われてきたのだと思います。

実は私も、以前のエピソードでそのような話をしたことがあります。しかし最近、私自身の考え方が少しずつ変わってきました。

そのきっかけの一つが、AIの台頭です。これによって「今のままでいいのだろうか」と色々な視点から「デザイン」について考えるようになりました。
デザイナーの定義そのものを変えるわけではありませんが、デザインというものをどう捉えるべきか、今一度考え直すタイミングが来ているのではないかと感じています。

先ほど「AIの登場」と言いましたが、AIはやはり「問題解決」が非常に得意です。デザインの領域においても、膨大なデータから平均値や最大公約数的な正解を導き出すことに長けています。そのため、誰が見ても「まあまあ良いよね」と思える”綺麗なデザイン”や、”情報が正しく伝わるデザイン”は、AIによって自動化できるようになってきました。

そうなると「じゃあ、人間のデザイナーはどうするのか?」という話になりますよね。実際、これはX(旧Twitter)などでも物議を醸し、様々な論争が巻き起こっています。

デザイナー独自のユニークネスをきちんと出していくことが必要

最近私が感じているのは、やはり人間のデザイナーに求められるのは「まだ世の中にない、新しくユニークな価値を生み出すこと」ではないか、ということです。それは平均化の真逆。AI的な視点で言えば、データにおける「異常値」や、人間の「偏愛」といった、平均化からは決して出てこないものを作ることです。

世間の多くの人が「こういうものが好きだ」と言っているとしても、「デザイナーである私はこれが良いと思う」と提示できるような、デザイナー独自のユニークネスをきちんと出していくことが必要になってくるのではないでしょうか。

ここで思い出したのが、スティーブ・ジョブズ。彼がトップだった頃のAppleは、ユーザーテストをしなかったという有名な話があります。
Appleのデザイナーたちは、新たなインタラクションのアイデアや、製品が何をすべきで、どのような感触を与えるべきかというゴールについて、独自の強い見解を持ってプロジェクトに携わっていました。そして、そうしたアイデアがそのままプロダクトに反映されていたのです。

一般的なユーザーテストでは、試作品をユーザーに触ってもらい、使いやすさや使いにくさを聞き出してデザインに反映させていきますが、当時の彼らはそれをしていなかった。つまり「デザイナーが良いと言うから、これで良いんだ」ということです。ジョブズが良いと言うから良い。そしてユーザー側が次第にプロダクトに合わせていき、使っているうちに「あ、これはこれで良いんだな」と納得していく。一般的なプロダクト開発とは、ちょっと逆向きのプロセスを踏んでいたわけです。

この話は『デザイン思考が生んだ「問題解決」というデザインの誤解』という記事からの引用です。

この「自身の見解を持って」という部分は非常に大事だと思っています。消費者や顧客に「これ、どう思いますか?」とお伺いを立てて、その意見を取り入れたデザインをするのではなく、「これが良いと思うから、これを使ってくれないか」と自信を持って作っていく。これこそが、いわゆる「デザイナー」のあるべき姿ではないでしょうか。

ただし、ここで大切なのは「人に愛されるように作ること」です。デザイナーが独りよがりになって、エゴイスティックなデザインをすればいいという意味ではありません。愛情を持って、「これならきっと愛されるはずだ」という気持ちで向き合うことが大切なのです。

デザイナーが実際にしているのは文化的な発明

先ほど紹介した記事の中に、メルボルン大学デザイン学部長であるダン・ヒル氏のインタビューが掲載されています。これはこの記事の中で私が一番好きな一節です。

「優れたデザインとは、ただ理解されるためだけでなく、ユーザーに愛されるように心に訴えかけるものだ。ただ明確に印象的だったという理由で感銘を受けるようなものがあったとしたらどうだろう?なぜそういうものを作ろうとするのが悪なのだろうか」

非常に良い言葉ですよね!彼はさらに、「正直なところ私たちは問題解決に長けているわけではありません」と言い切っています。
デザイナーが実際にしているのは文化的な発明です。新しい物事を生み出すことであって、それは問題解決とは異なります」とも語っています。

これにはなるほどな、と思わされました。彼のこの発言は、AI時代に入ったから急に言い始めたことではなく、「そもそもデザイナーとはそういうものである」という本質を語っています。

これは捉え方の違い、解釈の違いなのだと思います。「クリエイティブによって問題解決をする」ということは確かに存在しますが、その問題解決がどのように行われるのか。言い換えれば、「新しい文化を作ることで、結果的に問題が解決する」ということでもあるはずです。

ただ、表現としては「新しい物事を生み出す」と言った方が、しっくりくる気がします。

ちなみに、このダン・ヒル氏のインタビュー動画は元の記事に埋め込まれています。今回のポッドキャストで話すために聞いてみようと思ったのですが、長さが1時間ほどあり、しかも全編英語でした。。そのため、今度時間がある時にじっくりと頑張って聞いて、理解を深めてみようと思っています。
またこちらでも引用や解説などできればと思います。

デザインが単なるマーケティングの手法として使われるようになってしまった寂しさ

記事によると、「デザインは問題解決の手段である」という考え方は、元々はマーケティング的に会社が儲かるための手段として行われていた側面があるそうです。この記事の内容を平たく言えば、「それは本当のデザインとは言えないのではないか?」という問題提起です。デザインが単なるマーケティングの手法として使われるようになってしまった、という点がメインのトピックなのだと思います。

「問題解決の手段であること」自体を完全に否定しているというよりは、マーケティングに寄りすぎている現状への懸念が強いのではないでしょうか。

やはり、マーケティング的な活用だけに終始してしまうのは、”クリエイティブ”とは少しずれてしまいます。「これをこうすれば、こうなるだろう」というような、ハウツーや戦略の枠組みの中にデザインが組み込まれてしまうため、そこからユニークで新しい発明は生まれにくくなります。目的を達成するための「単なる手段」になってしまっているわけです。これでは、デザインとしてつまらないですよね。

近年はますます「どうすれば売れるのか」というコスパやタイパ、ハウツーが蔓延して、私的に、世の中がつまらなくなってきたと感じていました。
そこにAIが登場し、クリエイティブの一部にもその影響が及んでいます。AIによって面白くなった部分も間違いなくありますが、ある意味では、ますますつまらなくなってしまった部分もあると感じています。

ここで勘違いしてはいけないのは、当然ながら「売れなければビジネスにはならない」ということです。儲かることも、もちろん大事です。

ただ、”売るためだけのビジネス”をしていてもつまらないし、同時にユニークでクリエイティブでもありたい。この矛盾を抱えながらビジネスをしていくこと、むしろこのAI時代だからこそ、そうしていく必要があるのではないかと思っています。

みんなが横並びで平均化されていくのは、どこか不自然な社会主義のような匂いを感じてしまいます。民主主義の中で発展してきた文化を、すべて平均化して出力してしまうのは、少し気持ち悪さがあります。

「みんな同じでいい。飛び抜けなくていい。みんな同じ服を着て、みんな同じクリエイティブで、みんな同じやり方をして、価格もそこそこで、コスパやタイパを追い求める」。そんな社会は少し寂しいですよね。だからこそ、私たちはもっとクリエイティブである必要があるのだと思います。

では、これからの時代にデザイナーがどう活躍していけるのか、そしてそれをどう経営に活かせるのか。
私の中でももちろん、まだ明確な答えは出ていません。
しかし、これこそがこれから私たちが考えていかなければならない大切な問いなのだと思っています。

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